ドキュメンンタリー映画 100万回生きたねこ

佐野洋子(出演) x 小谷忠典(監督) x コーネリアス(音楽)
2012 / 日本 / 91min / ドキュメンタリー

2010年11月5日、72歳で永眠された佐野洋子さん。

顔を映さないという約束で映されたこの映画の撮影の最中での死でした。

多くの人に長い間読まれている絵本「100万回生きたねこ」(1977)、

「猫は死ぬことなんか平気だったのです。」 佐野さんも息子さんに「死ぬ気まんまん」と言われるほど、

死ぬのなんかこわくない、むしろ生きていくほうが苦しいと映画の中でもおしゃっていたほど、死を恐れ

ない癌患者でした。子どもにお金なんか残してもろくなことがないと余命を聞いてから憧れていた

イングリッシュグリーンのジャガーを購入したのを雑誌のインタビューで読んだことがありました。

サバサバとした強い女性というのが私の抱いていた佐野さんの印象です。

映画で初めて声を聞いてそのイメージ通りのサバサバとした物言いとは逆に戦後、大連から引き揚げ

兄と弟を続けて亡くし、妹の世話をしてきた佐野さんの幼少期の話を聞くと、早くから「死と孤独」を身近に

感じてきたのではないかと思いました。

絵が上手だったお兄さん、その絵を見ているのが好きだった佐野さん。亡くなったお兄さんの絵の具を

与えられ、描いた絵が入賞した。そして絵を描くことを一生の仕事にした佐野さん。

「わたしは七十になったけど、七十だけってわけじゃないんだね。生まれてから七十までの

年を全部持っているんだよ。だからわたしは七歳のわたしも十二歳のわたしも持っているん

だよ。」 『あの庭の扉をあけたとき』 (ケイエス企画)

百万回死んで、百万回生き返った猫。愛する白猫と出会い、子どもを授かり、自分以上に愛する

存在の白猫が無くなったときに初めて猫は泣きました。そして二度と生き返りませんでした。

佐野さんも愛する一人息子を授かり、その後沢山の絵本を描いたのは息子さんへの贈りもの

だったのでしょうか。

母静子さんとの確執、二度の離婚に乳がんなど辛い出来事も沢山あったであろう佐野さんですが、

多くの絵本やエッセイは生命力に溢れ、これからも私たちに沢山の事を考えさせてくれるでしょう。

沢山の贈り物を残してくれた佐野さんに哀悼の意を。